1955-07-26 第22回国会 衆議院 外務委員会 第37号
私どもは、シナの、たとえば張勲の政府だとか、南京政府だとか、北京政府だとか、これは相手としておりません。シナ民衆というか、シナを相手にして、シナと日本との間を常によくしようと心がけておる、それは森島君もわれわれと一緒に仕事をしておられたときには、全くその考えでやられておった。これは私は確信して疑いません。
私どもは、シナの、たとえば張勲の政府だとか、南京政府だとか、北京政府だとか、これは相手としておりません。シナ民衆というか、シナを相手にして、シナと日本との間を常によくしようと心がけておる、それは森島君もわれわれと一緒に仕事をしておられたときには、全くその考えでやられておった。これは私は確信して疑いません。
○森島委員 ただいま張勲だとか、古いお話が出ましたが、私も在支十年です。張作霖の政府も、張学良の政府も相手にいたしました。北京政府も相手にいたしました。しかしその根本の観念は中国の民衆と手を結ぶことであることは、これは私といえども人後に落ちません。しかし現実問題といたしましては、やはり共産党政府も相手方とし、広東政府を相手方としなければならぬ。